人への恩は恩で返す!!SAS株式会社岡下忠孝

2018.9.15 サービス

 

 

父親の病気がきっかけで会社を継ぐことになった岡下氏。

彼のモットーは人への恩は恩で返すことだそう。

SAS株式会社の強みや営業時代から起業するまでのいきさつとは?

 

 

 

岡下忠孝氏プロフィール

 

 

1969年福岡県に生まれます。

アパレルメーカーで勤務後、2006年先代の体調不良により事業を継承し2011年SAS株式会社代表取締役に就任し現在にいたります。

 

 

 

 

SAS株式会社の強みは害虫防除と殺菌に特化していること

 

 

彼が経営するSAS株式会社の最大の強みは創業以来害虫防除、殺菌消毒に特化し地元九州に根付き事業を行っていることだそう。

業務を管理している店舗は官公庁以外だけでも300店舗を超えているというから驚きです。

JR九州の駅ビルや病院、老人保健施設や飲食店・・など、九州一体をカバーしており、熱意と誠意を持って業務に取り組んでいます。

 

 

 

 

父親の病気で家業を継ぐことに

 

 

2006年頃福岡で消毒業を営んでいた父親が体調不良のため仕事か家業かいずれかを選択しなければいけなくなったそう。

東京で当時携わっていた仕事は新しいブランドの店舗をオープンさせることでした。

同僚から大きな組織の中では一社員は一つの歯車でしかないと言われていたものの、その歯車が1つ欠けただけでも動かなくなってしまう・・と考えました。

彼の名前の由来である忠義を取るのか孝行を取るのかという狭間にいても、それを切り抜けられるだけの人物になれといった父からの言葉もあって、家業を継ぐ決心をしたそう。

今でも、会社員時代にお世話になった方たちに会う機会があるそうで、とても感謝しているとか。

 

その後、2006年に継承したSAS株式会社は害虫駆除業務に特化した会社で、JR九州に勤めていた彼の父が1992年に設立した会社だそう。

設立後翌年には法人化したと言います。

創業当時JR九州の関連企業や駅舎などの消毒業務を主に行っており、売上は堅調に推移していったそう。

 

その後数年経つと関連会社の駅ビルやコンビニ事業、居酒屋事業などといった九州に特化した事業を続けてきました。

 

彼の父はJR時代、バンカラだったと言いますが、病気に勝つことができず結局引退後のほとんどは病院生活だったと言います。

病院で長期間過ごした父親も亡くなり、彼は相談相手がいなくなったのが寂しいと感じています。

ただ、バブル期が終わる頃に社会人になったので、新入社員時代に打たれても出る杭になれ・・という著名人の本をもらったのが社会人のスタートだったため、多少ストレスがかかってもあまり苦痛ではないと言います。

 

彼が今でも忘れない言葉は人からの恩を仇で返さないこと・・だそう。人への恩は恩で返すことが大切だと考えており、これは父親が生前大切にしていた考え方で、なににでも当てはまることだと感じています。

 

父親の最期、心肺停止になった時彼は間に合わなかったものの、閉じていた目を開けあとは頼むと言って亡くなったそう。

父親の教えを守り、忠義を取るか孝行を取るか決断できるように何事にも取り組んでいきたいと考えています。