本当の商品は「真心・おもてなしの心」
2018.2.22 サービス郊外型の飲食チェーン店を展開する野沢氏は、真心やおもてなしの心こそが本当の商品であると語る。
プロフィール
野沢八千万
株式会社フライングガーデン 代表取締役社長
1976年 ピザ・クレープの店「ノザワ」を創業
1983年 ノザワハッピーフーズ株式会社に商号変更
1984年 1号店としてフライングガーデン「新桐生店」を開店
1996年 株式会社フライングガーデンと商号変更する
2004年 JASDAQ市場に上場
アメリカの外食産業を参考にした郊外型のレストランチェーン
爆弾ハンバーグで人気のフライングガーデンというレストランがある。
主に関東に店舗を展開するチェーン店だが、それを直営する株式会社フライングガーデンは2004年にJASDAQに上場するほどの規模である。
その創業者である矢沢氏は言う。
私たちはレストラン業を単なるフードサービスとは考えていません。感動を与える料理や質の高いサービスを通して、お客様に “真心” を提供するホスピタリティ業であると位置づけ、より豊かな社会づくりに貢献したいと願っています。
フライングガーデンには、「爆弾ハンバーグ」という看板商品がありますが、本当の商品は「真心・おもてなしの心」であると考えています。
国民すべてを幸福にできる人間に
ホスピタリティを大切にして、飲食サービスを通じて人を幸せにすることで社会に貢献したいと語る野沢氏。
本名である、野沢八千万は、当時の日本人口である八千万人を幸せにできるようにと、親から名付けられたという。
子供の頃からやんちゃな性格だったが、なぜか料理に興味を持っていた。
古い日本の考え方では、男子は厨房に入るべからずという価値観があったが、怒られてもそれだけはやめられず、台所に勝手に入っていたという。
学校の成績は良かったが、将来は社長になりたいと思っていたので、進学はしなかった。
スポーツバッグ一つと父からもらった2万円をもって上京。
有名なシェフのいるレストランに住み込みで働きながら、料理と店舗経営のマネジメントを勉強する。
独立から上場まで
29歳の誕生日に独立した野沢氏は、資金不足もあって最初は喫茶店を営んだ。
当時を振り返ると、喫茶店は悪くない商売だったが、参入障壁が低かったため、あちこちにあったという。
その中で、野沢氏の喫茶店が繁盛したのは、野沢氏が本格的な料理人であったことが一つの要因であった。
そうして念願のフライングガーデン1号店を出店する。
人気商品の爆弾ハンバーグができるまでには、野沢氏の相当の努力があった。
もともと、ハンバーグは人気商品だったが、野沢氏本人はあまり味が気に入っていなかった。一度はそれをやめもしたが、ある時、息子から「うちの店で一番おいしい料理は何か」と問われたとき、何も思いつかなかった。
野沢はもう一度ハンバーグをやってみようかと考え、日本中を食べ歩き、短期間で体重が15キロも増え、医者からも健康面で厳重注意を受けた。
そうして実験しているうちに、爆弾ハンバーグが生まれる。
当初は、意識して売り出すつもりはなかったというが、このように自然と売れるような商品を野沢氏はシンデレラ商品と呼んでいるそうだ。
参考:
https://shachomeikan.jp/presidents/detail/10061204
http://www.fgarden.co.jp/web/about/top.html
http://in-shoku.info/foodfighters/vol392.html