“老舗病”を克服

2016.12.29 その他

改革の根底に、普遍的な原則がある。

“仁丹”というロングセラーに陰りが見え始め、業績が悪化した老舗を駒村氏は、創業者の社是を大切にしながら、改革を進めることで再建した。

プロフィール

駒村純一

森下仁丹株式会社代表取締役社長

1950年生

慶應義塾大学工学部応用化学科卒
1973年 三菱商事株式会社入社。
1997年 同社の投資先であるフッ素ファインケミカル専業メーカーの代表就任。
2003年 森下仁丹株式会社へ執行役員として入社
30億円の経常赤字だった業績を立て直し、4億円の経常黒字となった
2006年 代表取締役社長就任

森下仁丹

“仁丹”を知らない世代も増えているかもしれない。
森下仁丹株式会社のロングセラー商品で、最初に発売されたのは明治38年の事だ。
それから100年以上にわたって売れ続けているこの商品は、懐中薬、あるいは口中清涼剤として認識されている。

今でも、その用途で常備している年配の方は多く存在する。

しかし、近年の若者世代を中心にフリスクやミンティアなどにとって代わられている現状がある。
出荷量はピーク時の10分の1までに減少。
業績は悪化し、30億円の経常赤字になることもあった。
しかし、駒村氏の立て直しにより黒字に転換する。

海外子会社の立て直しをした実績

駒村氏は前職で森下仁丹株式会社と同規模の会社の立て直しを経験していた。
大学卒業後、就職したのは三菱商事で、その投資先の会社の立て直しのために海外でその腕を振るった。
それは経験と共に新しいやりがいを見出す結果になる。
日本に戻っても同じような仕事はできないだろうと、帰国命令が出る前に辞表を提出したという。

次の仕事を探していた駒村氏は人づてに森下仁丹が立て直しを図っているという話を聞く。
森下の話を聞きながら、シームレスカプセルという継ぎ目のないカプセルを作る技術があり、それを様々な分野に応用できることに気づき、入社を決意したという。

老舗病

入社した駒村氏だが、業績悪化に伴って社内もさぞ緊張しているだろうと考えたが、肩透かしを食らったそうだ。
危機感がなく、今までもどうにかなったのだから大丈夫だろう、という空気が蔓延していたという。

駒村氏はこれを老舗病と呼ぶ。
その空気の中で大ナタを振るうのが、どんな反発を呼ぶか、想像に難くない。
最初は自分一人で経営企画室を作り、プロジェクトの計画に穴があれば、どんな人間でも追及を行った。

 

駒村氏について批判的な意見を述べる人も少なくなかったというが、創業者一族は駒村氏を擁護したことで落ち着いたそうだ。

ただ、改革を進める駒村氏も創業者の掲げた「薫化益世」という理念だけは守った。
「薫化益世」はわかりやすい言葉に言い換えるなら、「社会貢献」だ。
事業の根底には社会貢献があり、ビジネスの普遍的な原則なのだという。

100年後を見据えて

駒村氏は、森下の100年後も見据えている。

「いまから100年後」といっても、遠すぎてわからないでしょう。だから、だいたい5年単位でものを見ていけばいいと思います。ヒットしそうなプロダクトを複数仕込んで、5年ぐらいのライフサイクルを回していく。その繰り返しの先に「100年企業」があります。

参考:
https://www.jintan.co.jp/
http://k-tsushin.jp/interview/kt46_jintan/