定食屋のイメージを覆す大戸屋代表取締役社長三森久実

2017.1.11 サービス

レベルの低かった定食屋のイメージを覆し女性客でいっぱいの大戸屋。
3号店の火事によって大戸屋三森氏は自分を戒めるようになります。

三森久実氏プロフィール

1957年山梨県に生まれ高校卒業後洋食店に入社。
1979年に養父が他界したため大戸屋食堂を引き継ぐ。
1983年に株式会社大戸屋設立後代表取締役社長に就任。
女性が気軽に入れる定食屋というのをコンセプトに業績拡大。
2001年ジャスダック上場後海外進出を果たす。

開店当時はレベルの低い店だった

1958年、池袋で開店した大戸屋食堂は安さで有名な大衆食堂で、きれいとは言えない店構え。
接客や料理のレベルも周辺の飲食店の中で最も劣っていたと言えるほどでした。
父の死後1979年に店を継いだ当時また20歳の若さだったため、無我夢中でお店に出て、まだ定食屋ではどこも使ったことのないような食器を使ったり、ノリの佃煮をボトルキープする・・といったアイデアを打ち出していきました。

3号店の火事がきっかけで定食屋のイメージを覆す

その後、客足はどんどん伸びて行列ができるほど人気のお店になりました。
資金も貯まったため、3号店まで出すことができます。

ただ、3号店の従業員の不注意によってお店が火事で全焼。
もちろん、直接の火事の原因は従業員ですが、それを従業員の責任にするわけにはいきません。
つまり、従業員任せにしていたため起こるべくして起きたということになりますね。
このことが、当時気持ちが浮ついていた自分を戒めることになったと考えています。

自分はただの定食屋の店主にすぎない・・。

社長だと偉そうにするのではなくお店のことだけを考えて働いていこう、このお店の火事のことも前向きにとらえて頑張ろうと考えました。
3号店を再建する際、それまでの定食屋のイメージを打破するようなお店作りをしようと決めます。

清潔で明るいお店を作れば女性のお客さんも増えるのではないか・・と考えたのです。
以前のようにお店に入るようになり、接客や調理なども行うようになりました。

そうすると、お店のお客さんの半数以上が女性客になり成功しますが、気持ちを緩めることなく午前中はお店に出て午後からは社長業を務める・・ということを5年間続けたのです。
今でも自分はただの定食屋のおやじであると常に言い聞かせているそうです。

経営にとって大切なこと

日ごろ経営をするにあたり、彼が気を付けていることは財務です。
財務には常に気を付ける必要があり、積極的に経営するのはいいことですが、財務バランスも非常に重要だそうです。
いくら売り上げがよくても借金が多すぎると倒産のリスクが伴うからですね。

つまり、身の丈に合った経営を行うことが重要です。
経営者は攻めればいいというものではなく、お金は怖いということを知る必要があります。
なので、若い時に成功してしまうのはよくないと考えます。

若いうちに大儲けしてしまうと安易になってしまうからです。
それに、若いと交友関係が限定されるので似たような情報しか入ってこないので危険だからです。

経営者に言いたいこと

三森氏が経営者の方に言いたいことはとにかくひとつのことを一生懸命にやることだそうです。
どれもこれも一生懸命やるのは不可能です。
人においしいと思わせるのは終わりがないので非常に難しいことです。

だからこそ大戸屋は鰹節や大根おろしにまで非常にこだわりを持っており、調理器具の開発をしたり、食材を知らべたり、他の飲食店で食べてみて学んだり・・つねにその繰り返しだと言ってもいいでしょう。
ですが、一生懸命に勉強していればそれはいつか苦労とは思わなくなり楽しみに変わるはずです。

彼に言わせれば食べ物屋はとても楽しい世界だとか。
女性客にも大変人気の大戸屋。
今後はどんな展開を見せるのでしょうか?