グリーティングカードで世界と勝負する!今野印刷株式会社橋浦隆一

2018.12.21 サービス

 

会社員だった橋浦氏は妻の実家の家業だった今野印刷を継承。

売り上げが下降気味だった時にコンビニ向け年賀状やグリーティングカードで再起を図り成功します。

 

 

橋浦隆一氏プロフィール

 

仙台市出身。

大学卒業後生命保険会社研究所に入所。

1999年今野印刷株式会社に入社、2000年代表取締役社長に就任し現在にいたります。

 

 

 

歴史と伝統に甘んじていてはいけない

 

今野印刷は創業が昭和25年の歴史ある印刷会社です。

創業したものの事業が軌道に乗らないまま経営が困難になる会社も多い中、これだけ長い間お客様から信頼され要望に応えられ続けてきた実績がある今野印刷。

今野印刷の強みはこのような歴史と伝統だと言えますが、それに甘んじていてはいけないと実感しています。

彼が大学院時代に修士論文を書いた時、研究テーマだったのが老舗企業だったそう。

その中で学んだことが変革し続ける企業は生き残るということだったとか。

実際に、彼が経営する今野印刷は創業当初石版、活版印刷から始まっており、その後DTPや電算写植へと成長し、早い段階で8色印刷機やCTPの導入を開始したそうです。

 

 

 

グリーティングカードで世界と勝負

 

橋浦氏は起業家に負けない企業にしたいとの強い思いを就任以来持ち続けています。

今野印刷に入社する前は生命保険会社のアナリストをしていた彼は30歳の時妻の実家である今野印刷に入社、その後社長に就任します。

就任当初、世の中はペーパーレスかの波が押し寄せており、売り上げが激減するのに直面します。

その売り上げが減った分を量販店やコンビニエンスストア向けの年賀状印刷事業をスタートさせ東北地方のさまざまな店舗と取引を始め成長させました。

最近では400万枚もの印刷をおこなっており、売り上げの3割を占めるまでに成長しています。

次に着目したのがグリーティングカード市場。

オリジナルのブランドで市場参入、展開ができ海外への展開も視野に入れられると考えた彼は地方の中小企業なら世界の注目が集まるはずだともくろみ、当初から海外マーケットで勝負すると決めたのです。

ヨーロッパやアメリカなどではグリーティングカードはお正月やクリスマスなどで感謝の気持ちを伝えるために利用されているポピュラーなツールで、このグリーティングカードは日本でも浸透しつつあると言います。

2010年から準備を開始した彼は2011年に入るとニューヨークへと視察にいきます。

プロジェクトが順調に進む中、東日本大震災が起こり印刷機械の全てが使えなくなってしまったのです。

新規プロジェクトどころではなくなったという雰囲気が会社内に広がったものの、彼はやろうと決断。

本当は元気ではなかったけれど、それでも元気だと発信したかったと当時を振り返って言います。

その年、テガミブランドを立ち上げた今野印刷はニューヨークのギフトショーに初出展を果たします。

それ以来、ずっと出店を続けているそうで、将来的には大手雑貨店など日本での展開を加速させたいと考えています。